オシャレなフレームデザインや高圧縮レンズ

視力の低下を最初に自覚したのは小学校の高学年の頃でした。席替えで後ろの方に移動すると黒板の文字がよく見えないのです。その後、学校の身体検査で近視と乱視があることがわかり、メガネをかけることになりました。その時からメガネが私のトレードマークになりました。当時のメガネは大めのセルフレームしかありません。特に子供用はフアッシヨン性などまったく考慮されていなかつたので、色も黒、青、赤だけでした。今でこそ子供用でも、オシヤレなフレームデザインや高圧縮レンズもあるようですが、私たちが子供の頃は外見のおしゃれより、ず黒板の文字が良く見えること、すなわち学業第一に考えられていたわけです。勉強は特別好きではありませんでしたが、本を読むのは大好きでした。

 

 

最初は裸眼で読んでいましたが、次第に文字が見えづらくなり、顔を紙面に近づけて読むようになりました。母親から姿勢を注意され、それからはメガネをかけて読書するようになりました。オシヤレに気をつかう年頃になると、メガネをコンタクトレンズに変えました。そして目はどんどん悪くなっていきました。食品の検査業務の仕事に就くとコンタクトはもう使えなくなりました。 一日中検査品目を凝視する作業が続き、仕事が終わると、日はこれ以上ないほど疲れていました。それから結婚し、出産した後も、仕事中はメガネ、アフターフアイブはコンタクトレンズというように、私の目は酷使されつばなしでした。


このページの先頭へ戻る